タロットリーダー協会 みさきのゑです。
今日のタロット占い 火曜日は
OSHO禅タロット
火8 TRAVELING トラベリング

【カードの意味】
人生とは、つねに、永遠に連続している。
最終目的地など存在しない。

あるのは巡礼だけ、
旅そのものが人生なのだ。
どこかにたどり着くことでも、
目標を達成することでもない。

ただ踊りながら、巡礼し、
目的地を気にせず、
楽しく動き続けること。

目的地に着いて、何をするつもりなのか?
誰もこの問いを投げかけない。
誰もが人生に「目的地」を求めているからだ。
しかし、その意味するところは――

もし、人生の目的地に
到達してしまったら、
どうなる?

きっと、途方に暮れるだろう。
行く先がどこにもない。
最終地点に着いてしまったのだから。
しかも旅の途中で、
すべてを失ってしまった。

そして最終地点に
丸裸で立ち尽くし、
バカげたことだと気づくだろう。
一体、何の意味があったのだ?と。

あれほど必死に急ぎ、
あれほど心配したのに、
その結果が――
これなのか、と。

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そして最終地点に
丸裸で立ち尽くし
バカげたことだと気づくだろう。
一体、何の意味があったのだ?と。

最終地点で馬鹿げていると気づく、、、

ではゴールを持つこと自体、
意味がないのか?という
疑問を持ちました。

このカードは、
とても解釈が難しいと感じています。

なぜならば、
努力は無意味なのか?
目標を持つのはバカなのか?

OSHOが言いたいことは、
ゴールは幻想だということ。
ここまで成長したら安心できる
ここまで癒えたら大丈夫
ここまで成功したら価値がある

無意識のうちに、
どこかに最終地点を設定してしまいます。

そしてその地点にたどり着くまでは、
今はまだ途中
今の自分は未完成
まだ足りない
と、仮の人生を生きてしまう。

火8 TRAVELING が問いかけているのは、

その目的地は、本当に存在するの?

という疑問です。

「目的地がない」とは、
どういうことか?

ここで大切なのは、
目的地を決めること自体を
否定しているわけではないという点です。

OSHOが問題にしているのは、
目的地に到達すれば救われる
ゴールに着けば人生が完成する
という考え方。

もし
「これが人生の最終目的地だ」と
思える場所に到達してしまったら、
その先はどうなるでしょうか。

もう進む理由はなくなり、
もう旅は終わり、
もう生きる気力さえ失う。

OSHOはそれを、
こう表現します。

すべてを失った状態で、
丸裸で立ち尽くし
バカげたことだと気づくだろう。

ここで言う「丸裸」とは、
物質的な意味ではありません。
目標
役割
肩書き
成果

それらに自分の価値を預けてきた人ほど、
到達の瞬間に、 何者でもなくなってしまう。

旅そのものが人生

火8 TRAVELING が示しているのは、
人生は「どこかに行くこと」ではなく、
動いていることそのもの。
進んでいるとき
迷っているとき
立ち止まっていると感じるとき
そのすべてが旅。

目的地は、
進むための仮の目印。

でも、
そこに到達しなければ
人生が始まらない、
完成しない、
という考えは手放していい。

人生に目的地はない
楽しめない日も旅
うまくいかない時も旅
何も感じられない時間も旅

人生に絶対的な目的地はありません。

だからこそ、
今は途中でいい
未完成でいい
進んでいなくてもいい。
旅は始まっている。
どこかに行かなくても、
ちゃんと、生きている。

 

人が旅をする目的は、到着ではない
旅をすることそのものが旅なのだ
ゲーテ

 

目的地を決めることが
悪いわけではありません。

問題になのは、
到着することだけが
価値になったときです。

その瞬間、旅は「手段」に変わり、
今見えている景色、今感じている風、
今この一歩に宿っている生は、
意識から消えてしまいます。

ゴールにしがみついていませんか?
未来の到着点と引き換えに、
今を差し出していないか
ということ。

丸裸とは、「今しか持たない」ということ
カードに描かれている旅人は、
余計な荷物を持っていません。
必要なものしか持たない在り方です。

肩書きも、正解も、
「こうあるべき人生」もなく、
ただ歩く。

人生は動き続け、
今この瞬間が、
唯一の真実として輝きます。

どこへ行くかより、
どう生きているか。

いままで占いを学び、
任意の資格を取り、
ここから何をすればいいのだろうと
立ち止まってしまう人を、
私は何人も見てきました。

努力が足りなかったわけでも、
才能がなかったわけでもありません。

占いの道に正解はありません。
対面、電話でクライアントさんを
占う人もいれば、
講師として活動する人もいる。

仕事にする人もいれば、
学び続け、教養を深めること、
趣味として学ぶことを
喜びと感じる人もいる。

トラベリングは、
そのすべてを否定しません。

ただ、ひとつだけ問いかけます。
「それは自分で選んだ旅ですか?」

自分で選んだ旅ではない場合、
「本当は合っていない形」を
正解だからという理由で続けていたら、
ルート選択を変えてみることもアリです。

資格を取ったら次は活動
プロなら集客できて一人前
仕事にするなら稼げなければ意味がない
という外側の基準。

うまくいっているかどうか
稼げているかどうか
評価されているかどうか
ではなく、
その在り方で、
自分の呼吸が詰まっていないか。

これは幻想の正解のサインです。
正解に縛られている可能性が高いです。

禅では、
正解そのものを信じすぎるな
と言います。

世の中の正解 → 参考にはなる
幻想の正解 → 人を縛る
本当に大事なのは → 自分と噛み合っているか

私は、占いを仕事として
続けるやりがいと同時に、
こうして言葉を掘り下げ、
意味を探り、理解を深めていく
時間に楽しみを感じています。

深めることも、続けることも、
すべて自分で選んだ旅。
目標達成型でもなく
承認獲得型でもなく
正解到達型でもない
生き方としての旅

誰かにゴールを決められたこともなければ
ゴールがここと決めたこともない

旅の途中で
いろんな人に会って、
いろんなところにいって、
進んできた道。

楽しいことばかりではありませんが、
辛いことばかりでもない。

楽しいから正しい
辛いから間違い
二元論ではなく、
ただ楽しいから旅をする。

OKかどうかを決めるのは、
誰かでも、未来の自分でもなく、
歩いた道が道である。
旅した旅が旅である。

OSHO禅タロット勉強になります。

あなたもHAPPYな1日を!

 

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